犬越路林道・神の川林道(後編)

【前編】【後編】

16:47
現在地:神奈川県相模原市緑区青根
この画像は神の川林道山北側ゲート付近から藤野方面を見下ろして撮ったものである。
カメラを最大ズームすると遥か下方(地図から読み取ると500m近く下のようだ)に橋が見えるが、これは犬越路峠を越えた県道76号の橋で、そこから100m進んだところで神の川林道が合流する。
我々は等高線に沿ってゆるゆると下っていくので、あそこまでたどり着くにはしばし時間を要する。

ゲートから500m進むといきなり瓦礫の山が現れた。早すぎる登場である。
車両が通過している形跡があり、通行に支障は無いが、岩が積まれている状態なので、自転車からは降ろされてしまった。
なお、ゲートを越えてすぐにアスファルトからは見放されている。

崩落を越えると何事もなかったかのように1車線の道が続いている。
大粒の石が多いが比較的速度の出る轍部分と乗り心地は向上するが抵抗が増加する草地部分のどちらを走るかはその時の気分による。

沢の部分はどうしても荒れがちになるようだ。
函渠が機能していないのか最初から整備されていないのか不明だが、洗い越しの状態となっている。

同じ場所から進行方向の先へ視線を向けると、同じ様に崩れている箇所が複数ありそうだった。

もう1枚。
その更に先には本線初となる橋が架かっているのが見えた。

17:00
現在地:神奈川県相模原市緑区青根
それから2分後には橋の上にいた。
矢駄沢に架かる50m程の名称不明の橋上は舗装されており、かつ大きな障害物もないため、束の間の平穏を与えてくれた。
落石から道を防護するには、法面から出来る限り遠ざけるのが良いということの証明になっている。

橋上から右に目を向けると橋の架かった旧道が見えた。橋の長さは本橋の4分の1程度だろうか。

引き続き下っていくと県道から別れて以来となる自動車を発見した。
見た感じ廃車体ではないし、藤野側から上って来たのだろう。
このときに感じた安心感は結構なもので、幾ら轍があるとはいえ、すなわち道が通じているとは限らない。しかし、現に車両があるということは、帰りの道が確保されているということの裏付けを強めた。

勾配の特にきつい箇所ではコンクリートによる舗装がされている。
この舗装はカーブを曲がってからもしばらく続いていた。

林道の最東部付近から東方向を見る。
眼下の河原は広河原という。

17:24
現在地:神奈川県相模原市緑区青根
現れた高規格の下路アーチ橋は檜皮(ひわた)橋という。

過去の航空写真から、この上流部に旧道が存在するようだが、ご覧のとおり砂防ダムが連なっており、ぱっと見気配は感じられない(あるとすれば画像中央付近、砂防ダムの1段目と2段目の間)。

ネガティブなことを少し。
この林道の嫌なところは全体的に敷かれているのが砂利ではなく石と呼べるものであり、乗り心地が悪くグリップが効きづらいため速度が出せず、高低差の割に気持ちの良いダウンヒルといかず、もどかしさを感じるところだろうか。
画像のようにたまに現れる舗装路(小規模な橋など)でも、鋭利な石を踏まないように気を回さなければならない。

根源は沢筋の処理が甘いということに尽きる。
限られた人と車両が通行できるよう最低限の維持ができれば十分という考えなのかもしれない。

最近の施工を思わせる法面保護工が現れると同時にアスファルト舗装が復活した。
もう一息か。

トンネルキター
名前を小洞トンネルといい、全長は60m程なのだが右へカーブしているため、出口は見えない。

続いて孫右衛門トンネル。全長約100m程と小洞トンネルより少し長い。

孫右衛門トンネルを抜けると50mほど進んだ所にゲートがある。

ゲートをスルーし、勝利のムードで下り坂を進むこと4分。

17:42
現在地:神奈川県相模原市緑区青根
2枚目の藤野側ゲート到着。
ゲートを越えた先の広場がキャンプ場になっており、人の喧騒が聞こえたことにより、いよいよ生還を実感した。

最後に日陰沢橋を渡ったところで県道76号に合流し、神の川林道を抜け切った。

さて、当初の計画どおり犬越路を越えられたので、藤野駅までの様子をさらっと伝えて終わりにしたい。

途中カーブの先に現れた洗い越しにトップスピードで突っ込んで両足を濡らす事態があったものの、県道を下り基調で進んでいく。
2.1km進むと右岸へ移るのだが、そこからは細かなアップダウンが増える。国道413号が対岸に見えるようになると、県道はまもなく山側へ離れていく。音久和、上青根集落を通ったのち、18時10分、国道413号と交差。

国道と別れた県道はかなりの勢いで下っていき、道志ダムの堤体を渡る。
道志ダムからこの先の天神隧道までの間は1.8kmで100mの登り返しとなっている。
数字的には5.5%とまあまあの上り勾配なのだが、10時間近く自転車で動き回っている身には重く、斜め上方向へ点々と続く街灯が気力をへし折ってくる。結局、坂の中ほどでピヨってしまい、この区間を抜けるのに15分かかった。

天神隧道を抜けると再び下り基調となる(不毛だ…)。主要地方道というだけあって車通りは結構多い。
暗い山道を進むこと更に25分。日蓮大橋で相模川を渡り、その先国道20号に取り付く登りで完全に燃え尽き、最後は押しで進んだ。

18:56
藤野駅到着。
自転車に付いた泥を拭き取りつつ、輪行バッグに詰め込んでいき、19時26分発の高尾行に乗車して、この日の調査を終えた。


机上調査


当地に存在する一連の林道の開設経緯を簡単な表にまとめると下表のようになる。
記述については、「神奈川の林政史(神奈川県農政部林務課(編))」を大いに参考にした。


昭和18年白石林道開設
昭和19年神の川林道着工
昭和26年神の川林道工事休止
昭和30年神の川林道工事再開
昭和39年東沢林道着工||
昭和41年犬越路林道着工(44年度までの4カ年計画)
昭和45年3月犬越路隧道完成

表の補足をしていこう。
古くから津久井郡と足柄上郡を直接行き来できる道は、犬越路を越える峠道が唯一だった。その道も急峻なため、一般交通に利用できるものではなく、専ら登山者が通るくらいであったという。

両郡を結ぶ道の建設は地域住民からも望まれており、青根村(現在の相模原市緑区大字青根。昭和30年津久井町発足により廃止)では昭和6年の村議会において、路線建設促進の議決が行われ、土地の無償提供等全村をあげて事業へ協力することが確認された。

表のとおり、神の川林道は太平洋戦争中の昭和19年に着工された。軍需資材として木材の供給が急務となったためである。
終戦後も工事が継続され、昭和26年の工事休止までに8389mが開通した。
時期は不明だが、峠北側の神の川林道と南側の白石林道を結ぶ構想は早くからあったようだ。

昭和30年に工事が再開されると、以後は昭和45年に完成するまで毎年少しずつ延長していった。
事業にあたっては奥地林道開設事業等の国庫補助が充てられた。

昭和38年に東沢林道が着工するといよいよ犬越路林道の路線計画が具体化し、昭和40年までに地質調査が行われた。
その結果、犬越路峠東側に敷設するのが有利と結論され、昭和41年に犬越路林道が着工された。

犬越路隧道の掘削については昼夜交代で行われ、毎分2.4tの湧水があったり、長さ120mにおよぶ破砕帯※に当たったりしたものの、大きな事故も起きず昭和45年3月に完成。4月17日には完成式が挙行された。この式典には津田県知事も出席している。
※岩盤の中で岩が細かく砕け、その隙間に地下水を大量に含んだ軟弱な地層のこと


念願の車道について、「林政史」では「今や県の北西部の山間地を貫く重要な路線として開通し、地域の産業経済の発展に多大な貢献をしている。」と締め括っているが、今日では「地域の産業経済」をどう定義するかによるものの、この林道の恩恵を受けられるのはごく一部にとどまっているのが実態であろう。

それに至る経緯を示した「林道利用・管理に関する提言」という記録を見つけたので、こちらも併せて紹介したい。
この記録は「神奈川県県営林道利用調整協議会」が平成8年3月にまとめたもので、協議会は森林所有者・森林組合等林業団体・学識経験者・林道沿線施設関係者・自然保護団体・行政機関で構成されていた。
提言の内容を一言で言うと林道は林業関係者だけが通行すべしというもので、これ以降、ゲート等による一般車両の締め出しが徹底されていく。

ただし、こういった検討が行われるに至った原因も確かに存在する。
一連の林道は県道76号を介して東名高速道路、国道246号及び中央自動車道を結ぶ文字通り幹線というべき路線であるほか、沿線にはキャンプ場や釣り場などのレクリエーション施設が所在している。これらによる年間利用者を19万人と当時推定している。
当然、この全てが通過人員となるわけではないだろうが、路線規模に対して一般車両が極めて多い状態となっており、林業車両の妨げになっていたほか、路線の特性上、落石崩落が多く、事故が多発していた。更に不法投棄の問題もあり、家財道具のほか車両まで乗り捨てられる始末で、その状況に土地所有者サイドが苦言を呈するなど、これらを含む多数の負の連鎖によって、遂に林道閉鎖に至ったのである。


一度は便利になったものの結局は前時代に逆戻りという残念な結果になることを、当時計画に携わった人々は予想だにしなかったであろう。


(完結)


参考資料

神奈川県農政部林務課(編)・神奈川の林政史
津久井町教育委員会・津久井町郷土史編集委員会(編)・津久井町郷土史
神奈川県県営林道利用調整協議会・林道利用・管理に関する提言
石崎涼子(森林総合研究所林業経営・政策研究領域)・自治体林政の施策形成過程一神奈川県を事例として一
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jfe/50/1/50_KJ00005070137/_article/-char/ja/
林野庁・林道の解放について
http://www.rinya.maff.go.jp/kanto/policy/business/pdf/rindou.pdf
西丹沢ビジターセンターブログ・【自然情報】犬越路林道 10月23日
http://nishitanzawashizenkyoushitsu.blogspot.jp/2016/10/1023_23.html
関西電力『Insight』・黒部ダム あの破砕帯から50年
http://www.kepco.co.jp/insight/content/close/closeup130.html

変更履歴

2017.5.10 公開
2019.6.23 移転に伴う改訂

0 件のコメント:

コメントを投稿