山梨県道508号大菩薩峠線(後編)

【前編】【後編】

雲がかってきた景色の中を歩いていくと右側から稜線が迎えに来てくれた。
この時、やっとかという気持ちのほか辿り着いたという安心感がこれまで張っていた緊張を解いてくれた。

16:02
大菩薩峠に到着。兼ねて県道508号大菩薩峠線走破。
村役場から4時間半、登山道入口からは3時間が経過しており、日照時間で言えば殆ど半日仕事であった。
特に登山道区間については、レポート中では15枚の画像で通過しているが、平均勾配17%の山道を3時間ひたすら自転車を押して登ることになるので、帰りの足が確保できない人や自転車同伴での県道全路線制覇をするような人以外は徒歩で登るのが懸命であろう。
また、今回は村役場から峠までの間で一度も登山者を追い越したり、すれ違ったりしなかった。
とはいえ、登山道での乗車は道幅が狭く、細かい切り返しが多いうえ、見通しも悪いので人身事故防止(単独事故含む)の観点ですべきではないと感じた。あくまで自転車は荷物なのである。

さて、峠に到着した私を迎えてくれたのは、4人組のおじさま達だった(というより彼らしかいなかった)。
とても気さくな人達で、どこから来たのか、どんな道だったか、どのくらいかかったのか、これからどこへいくのか、などなど矢継ぎ早に聞いてくる。
なぜ来たのかという問に対しては、今も県道に指定されている古来の青梅街道を歩いて、昔の人が感じていたことを追体験したかった。確かそんなように答えた。その答に対して彼らは温かい笑みで応じてくれた。

峠の様子についても紹介していこう。
峠には各方面への案内板が(ぱっと見では理解できないほどに)複数あり、画像はその中の1枚である。
唐突な上日川ダムの紹介があり、手前の道標の上にはチャーミングなお地蔵様が鎮座している。失礼ながらその姿はマスコット以外の何者でもなく、頭を撫でたい衝動に駆られたが我慢する。我が家の玄関の前にも置いておきたい。

風景写真に戻る。
北方向、大菩薩嶺方面は雲の中にあり、先を見通すことはできない。
閑散としていることも合わさって神秘的な風景であった。

西方向を見ると下方に塩山市街地を見ることができる。
東方向は雲が厚く、やはり見通すことができない。

南西方向には大きな湖が見える。上日川ダムのダム湖、大菩薩湖である。これから私はあそこへ向かう。
ダム湖というものの全景を俯瞰するのは初めてだが、山の間に不自然に存在する湖はまさしく堰き止められているのであって、万一それが決壊したときの状況が生々しく想像できてしまった。

峠を離れる前にもう一度おじさま達と話をした。
彼らは手ぶらだったので近辺に宿泊しているのだろう。これから山を下ると言った私をとても心配してくれた。
私は日没まで時間もあり、自転車で下れるので大丈夫だと返事をし、別れの挨拶を交わした。

ここで嬉しい誤算があった。
これから上日川峠まで下るのだが、地理院地図では1.3km先まで徒歩道として描かれていたので、序盤は押しかと思っていた。
しかし、峠の売店横に軽自動車が2台停まっているのを見つけ、峠まで車道が通じていることが判明したのである。すなわち、
自転車に乗って帰れる。
大幅な時間の短縮が期待された。

これはおもしろそうだ(ニッコリ)

16:20
鹿たちが逃げて行くのを合図にブレーキハンドルを緩解した。

あくまで地理院地図の線形は正しい。
当初、徒歩道であることに疑いを持たなかったくらいには等高線が密な区間である。
道は砂利で舗装され、軽自動車幅の掘割となっている。3月にブロックタイヤに交換したため一応の制御ができているが、かつてのスリックタイヤであれば横すべりによりとうの昔に転倒していたであろう。
表面を氷でコーティングすればボブスレーができそう。そんな道である。

極めつけは徒歩道終盤の200mである。ここの縦断勾配を計算すると25%という狂気じみた数字が出てくるが、その数字に違わない今にもつんのめりそうな下り坂であった。
坂を下りきると勝緑荘という山小屋の横に出る。両サイドに一般車両通行禁止の看板があるが、まともな神経をしていればここを車で登っていこうなどとは思わないはずだ。むしろ、峠の茶屋の人達は本当に人間なのか。

16:37
上日川峠到着。
ロッヂ長兵衛という山小屋の横に出る。長兵衛さんについてはエピソードがあるようだが、ここでは割愛。
なお、軽車道区間の1.5kmについては、途中から舗装もされている極めてまともな道であった(←感覚が麻痺している。局所的に20%の勾配が存在する)。

ところで大菩薩峠から上日川峠までの区間について、地理院地図では県道色に塗られているが、他のウェブ地図ではそのような表記がないため、県道何号なのかぱっと見では分からない。
上日川峠では県道201号塩山停車場大菩薩嶺線と県道218号大菩薩初鹿野線がぶつかるので、そのどちらかが大菩薩峠まで続いているはずだと考えられた(Wikipediaでは両線の記事ともに上日川峠が終始点のように書かれている)。
そこで、山梨県道路現況表(を基にした資料)の路線データから車道区間を引き算していくと、どうやら201号が大菩薩峠まで延びているようだ。旧青梅街道の道筋を考えれば妥当といえる。よく見ると路線名もそれっぽいし。

青看がある南方向、県道218号方面を見る。
この県道はこの先、400m先までの平坦区間を過ぎると19km先の終点まで原則として下りとなる。
原則といったのは上日川ダム近辺に65mの登り返しがあるためである。
青看を見て思い出したが、県道201号の上日川峠より上の区間は一般車両通行止である。

猛烈な勢いで下っていく。
途中、山の切れ間から大菩薩湖が見えた。

17:03
密集した建物が視界に入り、子供の喧騒がしたため急停車する。
右側にはダム湖があるはずでこのような広いスペースがあるのはおかしい。恐る恐るGPSを確認する。
やっちまった!!

流石にこのまま帰るわけにはいかない。
画像は戻る途中に撮影したへのへの少年。確かに放流注意の看板は普通、ダムの下流にあるものだよな。

距離1.6km、標高差140mをトボトボと引き返すこと25分。ここか。
1600mのオーバーランとか日勤教育ものだな。
ちなみにこの区間、自転車で下る場合は3分程度で通過できる。

17:29
今回の主目的地、上日川ダムに到着した。疲れた。
入口の看板に公開時間は17時までとあったが幸い門は開いていた。
また、管理棟を含めて人気は感じなかった。基本的に無人なのだろう。

そして目的のブツ。パネル。
これ自体は他所様のブログで見ることができるが、画像が小さく細かい部分が読めなかったのが気持ち悪かったのだ。
一番の関心は下の2枚。

葛野川発電所とそれを構成するダム間の平面図。
そして断面図。
これによって小金沢山林道で見かけた斜坑がどこにどう繋がっているのか知ることができた。

せっかく来たのにパネルだけ撮って帰るのはあまりにもったいないので、堤体の端まで行くことにする。上日川ダムの堤頂長は494mなので、往復すると約1kmと結構な長さになる。
まずはダム下を見る。右岸に見えるコンクリート溝は自由越流頂式の洪水吐。

大菩薩湖を見る。
中央の山の左、窪んだ所が1時間前に立っていた大菩薩峠。湖中央の白い建物とその右にあるコンクリート構造物が導水路取水口である。

西端に到着。
坑口があるものの、どこに繋がっているかはパネルを見ても書かれていなかった。
管理棟前まで戻り休憩をした後、18時ジャスト帰投開始。

18:25
14kmの道を下ること25分で国道20号に合流。線形が良くないのもあるだろうが、ブロックタイヤなのであまり速度がでない。
この間の高低差は830m、絶対登りたくないが柳沢峠より勾配は緩いようだ。

国道20号から中央線東京方を見る。
右が明治35年竣工の笹子トンネル、左が昭和40年竣工の新笹子トンネルである。

18:30
甲斐大和駅到着。
朝に猿橋駅を出発してから12時間で戻ってきた。夏至の時期は日が長い割に気温も高すぎず、探索に適した時期と言える。
この後は39分発の高尾行に乗るため、大慌てで自転車を分解し輪行バックに詰めていった。


(完結)


参考資料

我が道を行く 県道一覧集 山梨県道[一般県道]
大菩薩観光協会
marunino_notenki氏・さすらいの脳天気 青梅街道について(その2)大菩薩峠周辺のルート
perumimi氏・山歩きの記録 丹波大菩薩道:旅人気分で甲州裏街道をゆく。
東日本旅客鉄道株式会社八王子支社・中央線まめ知識「中央線の歴史」
https://www.jreast.co.jp/hachioji/chuousen/history_chu/index_c.html

変更履歴

2017.7.26 公開
2019.6.24 移転に伴う改訂

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