青梅街道明治新道・黒川通り(第3回)

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前回、黒川通りの中間地点とも言える三条橋に着いた我々。
第3回の今回は三条橋周辺の調査から黒川谷までをお届けする。
久しぶりの平和回になる…はず

さて、三条橋周辺についてだが、林道のゲート前が広場となっており、この日も10台弱の車が停まっていた。
画像はその広場から泉水谷を見下ろしたもので、左岸の三条橋橋台を視認できる。
見たところ金属部品が残存している。

下からも見てみたいと思い、河床に降りれそうなところを探すとガードロープの向こう側にスロープ状の踏み跡を見つけたので利用させてもらう。

まずは右岸から。
右岸の橋台は崖の上に建てられている。

続いて左岸。
橋台の上面は広場より1段低いので、そこから木製の橋脚が架かっていたと予想。

せっかくなので広場にある他のものにも目を向けてみよう。

まず、現在の三条橋。昭和43年12月竣工。
この道を直進すると国道に合流する。

続いて、年季の入った「東京水道水源林」の標柱。
三条橋を渡った先の国道の路肩にも関連する記念碑が建てられている。

最後に「70」と書かれた黄色の三角柱。
国道のキロポストのような気がするが、どうしてここに?

こうして周囲を見て回っているうちに時刻は11時13分を向かえていた。
少し早いが昼食休憩をとることにしよう。

11:37
現在地:山梨県甲州市塩山一ノ瀬高橋
体力も少し回復したところで進行再開。
泉水谷から西側は自治体が変わって甲州市となる。

しばらく先の黒川谷までは黒川金山跡へのアクセス路になっているためか、一応の維持はされているようで4輪の轍もある。

前半に何度か見ている石垣だ。
ここではそれが現役の車道の擁壁として使われている。
これこそまさしく往時の姿と呼べるのではなかろうか。

11:47
あれ?なんか落石が増えてきた気が……
轍が希薄になってきた気が……

30m進んだところ。三条橋広場からは500m。
4輪死亡。2輪もこの先には入っていないだろう。
ここまで転回できるスペースなど無かった気がするがバックで戻ったのだろうか。

少し思い違いをしていたのだが、黒川金山跡とは家族連れも訪れるメジャーな観光地では無いようだ。
いくら踏み跡が鮮明だからってこんな崩落地あるはずないもの。

12:00
右手に現れた滝を見送ると路面が広くなり広場が現れる。
行き止まりのようにも見えるが、左の斜面に黒川通りの路盤が続いている。

少々荒れているが石垣の上がそれである。

路盤の先へ進むと黒川橋橋台の上に立つことができる。
橋本体は既に落ちてしまっているが、黒川谷右岸の橋台と路盤の間、2〜3mに主桁らしき木材が4本架かっていた。

落ちてしまった橋は渡れないので、別の場所から黒川谷を渡る必要がある。
と言ってもすぐ下流に徒歩用の木橋があるので、これを渡れば良い。

下から見た黒川橋。
2段の滝の真ん中に架かっていた。

徒歩用の橋を渡った先には唐突な立入禁止の標示がある。
が、何と言うか…悪目立ちしてしまっている。
言われなければ気付かないものを「道がない」と言われてしまうと探してしまうのが人の性だろう。

気を取り直して、本題の道は……

……無いね


(続く)

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